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No.198  加茂 行昭(かも  ゆきあき)

本行寺住職

これからももっと活動を続け、
たくさんの方々と出会いたい

これからももっと活動を続け、たくさんの方々と出会いたい

JR日暮里駅から歩いてすぐ、西日暮里三丁目にある日蓮宗「本行寺」。江戸時代から観月の地として粋人たちに愛され「月見寺」とも呼ばれている。今回、紹介するのは、その本行寺の住職・加茂行昭さん。加茂さんは、昔から社会福祉や地域振興に携わり、また日暮里サニーホールを拠点に、荒川区に縁のあるものをテーマにした全国規模のフォーラムや創作劇を催すなど、荒川区から全国へ文化の発信にも尽力してきた。

▲一茶の句碑
「陽炎や 道灌どのの物見塚」

その多岐にわたる芸術文化活動のひとつに「俳句」がある。江戸後期を代表する俳人・小林一茶と、近代の流浪の俳人・種田山頭火は、どちらも本行寺に縁のあった人物で、境内には一茶の「陽炎や 道灌どのの 物見塚」と、山頭火の「ほっと月がある 東京に来てゐる」の句碑がある。山頭火の句碑は東京ではここにしかないとても貴重なものだ。加茂さんは、彼らと本行寺の縁を大切に思い、また彼らの俳句文化を広く発信することを目指し、昨年行われた「山頭火全国フォーラム東京・荒川」では大会委員長を務めた。そして、来る11月には、加茂さんが中心となって企画した「第1回 一茶・山頭火俳句大会」が開催される。荒川区に根付いた彼らの文化を後世に伝えようとの思いが、とても強く伝わってくる。

▲山頭火の句碑
「ほっと月がある 東京に来てゐる」

加茂さんはまた、「東京荒川少年少女合唱隊」の設立に力を注ぐなど、古くから荒川区の青少年育成や文化活動に貢献している。平成3年には地元有志を募り、「命と愛のメッセージ委員会」を結成。これまでに「オペラ智恵子抄」など、日暮里を舞台とした数々の文化事業を企画・開催してきた。この11月に開催する幸田露伴の劇「五重塔」では、実行委員長を務めている。さらに他にも、本行寺を会場にホスピスケアをテーマにした講演を企画するなど、加茂さんの活動は実に幅広い。

本行寺の勤めも多忙だというのに、これほど熱意のこもった活動を続けられる原動力とは-。「命と愛のメッセージ委員会をはじめ、一緒に活動している人々は、もう四十年来の地元の仲間。そんな大切な仲間たちと、共に努力をし、成し遂げたときの達成感を味わえるのは格別です。またそうした活動を、地元で行えることが最高の喜びでもあります。そして、さまざまなイベントを続けることで、実にたくさんの人と出会うことができ、人のつながりがどんどん広がって、大きな流れになっていく・・・。それは私の人生に大きな影響を与えてくれる、素晴らしい経験なんです」と、加茂さんは素敵な笑顔で語ってくれた。

加茂さんが以前に出会った禅家の老師、遠藤太禅氏の名刺の裏に、こんな詩が書かれていたという。

 

「遠藤太禅さんと出会ってから、この詩は私の人生のテーマになりました。私も、この詩のような出会いを重ねていきたいものです。これからも、もっともっと活動を続け、たくさんの方々と出会いたいですね」


▲「本行寺」
荒川区西日暮里3-1-3 JR・京成 日暮里駅下車3分 

加茂さんの心のこもった活動は、まだまだ続いていく。そして、荒川区に大きな宝を残してくれることだろう。