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No.175  星 貴之(ほしたかゆき)

お父さんの和彦さんは日本画家

大きくはばたけ、未来の囲碁名人

小柄でちょっとはずかしがりや、ごく普通の小学生というのが、待ち合わせ場所に、お父さんと現れた星貴之君の第一印象だった。ところが同席した荒川区囲碁連盟会長の田代貢さんと対局を始めた瞬間から、碁盤を見つめる貴之君の顔つきが大人顔負けの真剣な表情に変わった。
現在の星君は第五峡田(はけた)小学校の4年生ながら、日本棋院アマチュア6段の腕前。この夏休みに開かれた日本棋院主催の第25回少年少女囲碁全国大会では東京代表として出場し、みごと全国大会で第5位に輝いた。

荒川区囲碁連盟会長の田代さん(左)と棋譜(きふ)を並べる

全国大会で5位に入賞

少年少女囲碁全国大会は地方大会で勝ち抜いた中学生までが参加できる大会で、小学生の部と中学生の部に分かれて囲碁ナンバーワンを決める。小学生の参加者は約3千8百人。予選を勝ち抜き全国大会に出場できるのは102人。上位はいずれもほとんどが将来プロの棋士を夢見る実力者ぞろいだ。さらに、小学生とはいえ、ここ一番の気力と勝負強さが試される棋戦である。
「荒川区はもともと囲碁が盛んで、毎年小学生を対象とした囲碁教室も開催されています。私が星君と初めて会ったのは荒川区囲碁大会。星君が小学校1年生で、囲碁を始めたばかりの時期。初めから囲碁のセンスは抜群でした」と、早くからその才能を見抜いていたのが日本棋院認定の囲碁の普及指導員もつとめる田代さんだった。
そしてもう一人、貴之君の特別な能力を見抜いていたのが、母方の祖父松岡明雄さんだった。貴之君が3歳の頃から、よくいっしょにトランプをしていたのをきっかけに、貴之君の人並みはずれた記憶力に気づき、「囲碁をやらせてみたい」と父親の星和彦さんにすすめたのだという。
「確かに3歳の時にはもうかけ算の九九が言えましたから。でも、僕は囲碁はできないから教えられない。そこでファミコンの囲碁ゲームを買ってきて親子で始めたのです。しかし、すぐに息子のほうが上達してしまいました(笑い)」と和彦さん。
貴之君は、小学校1年生の時日本棋院の25級からスタートしたが、すぐにめきめきと腕をあげ、小学校2年生の時は荒川区の囲碁大会Bクラスで優勝、3年生の時にはAクラスで優勝。この間わずか2年あまりで日本棋院アマチュア4段になった。アマチュア6段となった現在は週に2回、杉並区阿佐ヶ谷にある岩田一プロ八段が主催する子供囲碁教室に通い、教室では6時間集中して囲碁を打つ。

平成6年12月生まれ。小学生とは思えない集中力で碁盤にむかう貴之君

将来はプロの棋士に

小学校では算数が得意。「勝負の流れを読む力、部分的に先を読めるのはもちろん、碁盤全体を見る力があって集中力も群を抜いている」と田代さんは、貴之君の力量を評価する。取材中も口数は少ないものの、「囲碁を打っている時が一番楽しい。将来はプロの棋士になりたい」と言う貴之君は、碁盤に石を置く手を休めない。碁盤には次々と貴之君の頭の中に描かれた囲碁の世界が表現されていく。
プロの棋士の中でもビッグタイトルの棋戦で戦える人は、たいていが14歳から16歳でプロ試験に合格する。日本棋院のプロ養成機関を経て、プロになれるのは1年にわずか3~5名ほどというきびしい世界でもある。今年、少年少女囲碁全国大会に上位入賞した貴之君にとって、プロ棋士は"夢"から具体的な"目標"に代わった。碁盤というフィールドで戦い続ける小さな戦士の活躍を期待したい。