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No.152  吉敷貞臣(きしきさだおみ)

「写真で描くアート追求」
荒川に“文化の香り”もう少し

闇の中で、大きな炎が踊り狂っているようです。

あえて、踊りの激しさとシャッタースピードを合わせようとはしません。衣装のぶれは躍動感を表現してくれます。

その写真の数々に、言いようのない緊張感が漂っているのは、ダンサーの目の表情がしっかりと撮られているからでしょう。

怒りや悲しみ。優しさや鎮魂――。

この写真集は、太平洋戦争末期、インドネシアに送られた、日本兵士の悲惨な戦争体験をもとに、平和・友好・人間愛のメッセージを込めて、フラメンコダンサーの山口のりこさんが創作した「カリマンタン幻想」という舞踏劇を撮影したものです。

山口さんの思いがフラメンコで表現され、その熱情が写真にも伝わってきます。

「私は舞台の練習風景を一切、見ないことにしているんです。最初に見て、感動したものをその場で切り取りたいから。練習を見てしまうと、ああ次はこうなるんだ、と感情が薄れてしまう。それに、ダンサーの表情だって、本番とでは雲泥の差がありますからね」

一瞬、一瞬の動きを捕えるのは、多分、人が思うよりはるかに難しいでしょう。

考えてもみて下さい。「今だ!」と思った時にシャッターを押しても、その一瞬は過去に消え去ってしまって、捕えたのは「未来」の風景なのです。

「だから、こうなるだろう、という感性に基づいて予測し、シャッターを押すのです。同じものを見ていても、私と同じ写真は絶対に撮れませんよ」(笑)

中学校時代からカメラに凝り出しました。20歳頃から写真家の橋本祟氏に師事。写真に対する考え方、哲学に強く影響を受けたといいます。

「後で加工しなければならない写真はだめだ」

「トリミングはする必要がない」

その教えを今でも忠実に守っています。

風景写真も撮影しますが、単なる保存、記録のための題材は選びません。

「ちょうど画家がカンバスに絵の具を置いていくように、私は写真で絵を描いていきたいのです。写真によるアートを追求しているつもりです」

実弟は、プロのフラメンコギタリスト、則忠氏(58)。姉も琴の師匠。芸術一家です。

西日暮里の自宅は30畳のフラメンコとクラシックバレエのスタジオになっています。

「荒川ではもちろん、日本でもこれほど広いスタジオはそうありませんよ」

荒川区には戦前から住み続けています。自宅周辺は家や人の顔はずいぶんと変わったけれど、街の中を通る道は不思議に変わらない、といいます。

「荒川の中に、もう少し文化の香りを漂わせたいですね。そのためにも、荒川で、世界に羽ばたくダンサーを育てる場所を提供しているんです」

表現することにとりつかれている、という吉敷カメラマン。

至福の時間は、

「自分の中で納得できる写真が撮れた時、その写真を肴に、ウオツカのソーダ割りをチビリチビリやることですね」。

読売新聞記者・臼井 理浩