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No.131  黒田 和男(くろだ かずお)

「夢の光」研究"アトムの弟子"
「ひらめき」が座右の銘の荒川っ子

いただいた論文のタイトルに「時を遡(さかのぼ)る波-位相共役光学-」とありました。

一般の人が恐れをなすような難解な専門語の前に、こんなロマンチックな表現があると、素人でも思わず読んでみようかな、なんて気が起きてしまいます。

ふと空を超えて、ラララ……なんて「鉄腕アトム」のメロディーまで聞こえてきそうで、わくわくしてきました。

それもそのはずです。科学の世界へ進んだきっかけを尋ねると、黒田さんの口もとがほころび、こんなエピソードが飛び出しました。

「私たちの世代は「鉄腕アトム」を通じて、未知の科学技術や宇宙というものにあこがれました。学生時代に人類が月に行きましたしね。小さいころは身の周りにハイテクの機器など何もありませんでしたから、それだけに一層あこがれが強かったですね」

科学とロマンは表裏一体。ほおひげを蓄えた黒田さんの表情が、なぜか「スター・ウォーズ」のジョージ・ルーカス監督のそれと重なってみえました。

大学(東大)を卒業した当時、理工学分野での花形テーマはレーザーと半導体。専攻が光学だった黒田さんは、レーザー部門の中で光をアンプ(増幅)する研究を選びました。そして、現在取り組んでいるのが冒頭の「時を遡る波」。果たして、この波(光)を浴びれば若返るのでしょうか。

「光は目の網膜やカメラのフィルムで捕らえられ記録されると、そこで吸収、消費されてしまいます。電気に変えて発光するにしても二度手間で、位相という光の情報の一部も失ってしまいます。ところが、フォトリフラクティブ材料と呼ばれる結晶は光を記録しながら透過させ、やって来た方向へ正確に反射させることができます。一度撮ったフィルムを逆に回すように、終わりの状態から初めの状態に戻してやることができます。しかし、時間が逆回りして若返るわけではありませんよ」

また笑みが漏れました。難しい現象もタネ明かしのように説明してもらうと、わかったような気がするから不思議です。

この"魔法の結晶"を通せば、同時に光の密度が増し、ハイパワーとなります。また、標的を正確に狙い撃ちでき、将来は病巣の治療レーザーなどに大きな効果を上げると期待されています。

さらに、黒田さんはもう一つ、若者たちが喜ぶような研究テーマも手がけています。

「今のCDは表面しか利用されていません。厚さは支えるだけのもの。この厚みにも情報を盛り込んで、3次元のコンパクト大容量の光メモリーを開発しています」

荒川生まれの荒川育ち。家具屋だった実家の敷地に、インド人の妻ポピーさんと長男憲くん(9歳)と今も住んでいます。ご両親も健在です。

英語を教えていたポピーさんとは友人を通じて知り合いました。ポピーさんはインド料理店「シデイーク・ビレッジ」を経営しています。「荒川は典型的な下町。昔と比べれば、だいぶ都会になりましたが、若い人たちに安い住居を提供する、今までの使命を持ち続けてほしいですね」

休日には憲くんと近くの荒川自然公園に自転車で繰り出します。川べりに建つ母校の第五中もすぐ近く。生活の中でも黒田さんは波(せせらぎ)と縁が切れません。旭電化跡地の河川敷にトンボを乱舞させる運動にも共鳴しています。

自室にはアインシュタインの大ポスター。この天才に見つめられ、アトムに感化された「科学の子」の荒川っ子は、毎日座右の銘をかみしめます。それは-「ひらめき」。

文・中村良平
カメラ・岡田 元章