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No.128  諏訪 敦彦(すわ のぶひろ)

カンヌ映画祭、二作目が快挙~「M/OTHER」に国際批評家連盟賞~
「気さくな町」で吸い取るテーマ

映画監督の諏訪敦彦さんは諏訪台近く(道潅山)に住んでいます。

出身は広島県なので、もちろんこの地とは縁もゆかりもありません。大学の後輩だった奥さんの実家が新三河島だったせいか、二人の息子さんを育てるのに住みよいところを探していたら、なんとなくここに落ちついたとのこと。ちなみに結婚式は諏方神社で挙げたといいますから、奥さんはこの「諏訪尽くし」に、さぞや不思議なえにしを感じていることでしょう。
さる五月に行われた第五十二回カンヌ国際映画祭で、諏訪さんの監督作品「M/OTHER(マザー)」が国際批評家連盟賞を受賞しました。

日本映画界の快挙です。かつて、小乗康平氏やフランシス・コッポラ氏が受賞した権威あるもの。カンヌの栄えある歴史の一頁に、諏訪さんの名前が刻まれたわけです。

「カンヌに招待作品として選ばれただけでうれしかったので、現地に赴いたのも関係者の反応を見たかったから。僕の作品の上映が終わったら、帰国しちゃいました」

てん淡と語る諏訪さん。受賞の知らせは日本で、しかも自宅の留守電で聞いたとか。息子さんを保育園まで送ってきたのでした。

「受賞は思いもよらなかったけど、『ああそうか』といった感じでした」

実は、前作『2/デュオ』でもウィーンのヴィエンナーレで国際批評家連盟賞を受賞しているのですが、そのときも淡々とした喜びだったといいます。このさりげなさが諏訪さんの原動力なのかもしれません。

「近所の方々は僕が何をしている者か知らないと思っていたのですが、受賞後に新聞やテレビに出たせいか、『おめでとう』なんて言われちゃって。うれしかったですよ。そんな気さくなところが、この町の魅力ですね」

東京造形大学の学生時代は、東京の西側一帯を転々としていましたが、卒業後は谷中や綾瀬といった東方面を好んで住まいとしてきました。そしていま、荒川区唯一の山の手台地であるこの地に居を構えたのは、諏訪さんには当然の帰結だったのかもしれません。

「僕の作品は、前作の『2/デュオ』では結婚、『M/OTHER』では家族がテーマなんです。日常生活のごくありふれたもの、だれもが抱えている問題がテーマになっているんです。僕はそんな映画を撮っていきたいんです」

息子さんを保育園に送り迎えしたり、奥さんと家事をいっしょにこなしたりといった、毎日のなにげない生活の中から大切な主題をひとつひとつ吸い取っていく手法が、諏訪さんの真骨頂。

「荒川区には生活の匂いがあります。気取ったところがなく、過ごしやすいんです」

そんな生活環境から、創作のテーマが湧き出るものなのでしょうか。受賞の効果は大きく、すでにフランスで公開が決まったといいます。

「僕の作品はささやかなんです。『寅さん』みたいに、だれもが楽しめるような映画じゃない。日本で一万人、フランスで五千人といった感じ。まあ、カンヌでの受賞で、少しはやりやすくなったかな。これからも、自分に合ったサイズで映画を作っていきたいですね」

けれんみのない諏訪さんの映像は、荒川区との触れ合いで、今後どう息づくことでしょうか。大いに楽しみです。

文・佐川和之
カメラ・岡田 元章