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No.117  藤原 カムイ(ふじわら かむい)

マンガで得した人間関係
昔の匂い懐かしむ町屋育ち

 藤原さんの描くマンガは、その多くが、現実とは違った異質な世界を舞台にしています。伝説に満ちた聖書の世界を描いた作品やSF。あるいは、荒俣宏さん原作の「帝都物語」、そして、子供たちの人気を集めた「ロトの紋章」にしてもそうです。

 「マンガでリアルな世界を描いても仕方ないと思うんです。マンガという表現手段の特徴を考えると、マンガでしか描けない世界がある。そうなると、どうしても、現実とかけ離れた世界がテーマになってしまうみたいですね」

 実家は、京成町屋駅の前で和菓子店を営んでいました。その隣が貸本屋兼古本屋という「地の利」もあって、幼いころからマンガに親しんでいたそうです。おまけに、実家でも、お客さんのために、マンガ雑誌が置いてあり、少年が、マンガの虜になる条件はそろいすぎていたといっていいでしょう。

 「白土三平さんが好きで、『サスケ』なんか繰り返し読んでいました」

 昭和三十四年生まれの藤原さんが、ものごころついた時には、すでにマンガは輝ける黄金時代を迎えていました。第九峡田小に入学した子は、「週刊少年キング」、藤子不二雄さんの「怪物くん」 にワクワクし、楳図かずおさんの「猫目小僧」にドキドキする、立派なマンガ少年に成長したというわけです。マンガがうまい少年は、友達がそれだけで一目置いてくれます。

 「おかげで、人間関係はトクしました」

 そして、立派なマンガ少年は、同時に下町の普通の少年でもありました。まだ懐かしい良き東京であったころ、少年は、近くの製紙工場で友達とスパイ大作戦ゴッコに飛び回り、秘密基地作りに心をときめかせてもいました。

 「あのころの環境に、懐かしさだけでなく、憧れめいた思いもありますね」

 インターネットを使ったインタラクティブ・コミックというユニークな「福神町」シリーズは、実は、そのころの東京が舞台だといいます。そして、背景として描かれる工場や道具立てに、どこか、生まれ育った荒川の町の匂いが漂っているとも。

 「登場人物なんか、昔、店に出入りしていた変わった人たちをイメージしているところもありますよ。子供心に観察していたものですから」

 第五中学から本郷高校、桑沢デザイン研究所でグラフィック・デザインを学んだ後、出版社勤務、マンガも描ける重宝な社員が、同僚の勧めで本格的な漫画家としてスタートします。そして、人気ゲーム「ドラゴン・クエスト」の世界をモチーフとした「ロトの紋章」で藤原カムイの名はさらに飛躍します。

 「僕の子供が、友達から、あのマンガを書いているのはお父さんなの、スゴイとかいわ

れるわけです。おかげで、父親の株が上がって、本当にいい時期に描いたと思いますよ」

 公私ともに、藤原さんにとっては、重要な作品だったといえそうです。

 故郷を離れて二十年、今でも時々、両親の住む荒川の町に足を運ぶことはあるそうです。

 「町自体がどんどん変わってますね。都電は残っているけど。帰ると、よく散策するんですが、変わってないところを見つけるとうれしくってね。荒川という町の人間の持っている温かさ、下町ならではの雰囲気なんかは、まだある。それでも、子供のころの自分が過ごした時間や空気をもう一度とりもどせたらなあとも思います」

読売新聞記者・吉弘 幸介
   カメラ・岡田 元章