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No.116  宮中 雲子(みやなかくもこ)

恩師(サトウハチロー)の同人誌(『木曜手帖』)守り500号

町歩きが好き「もっと花があれば…」

 海のにおいの 潮だまり

 春をやさしく だいている

 こんな歌詞で始まる童謡「春の潮だまり」などで知られる女性詩人は、三年前から、JR日暮里駅近くのマンションに住んでいます。

 「昭和五十二年に購入しましたが、ずっと住んでいなくて。ずっと、ご本様のお住まいだったんですよ」

 「ご本様」とは蔵書のこと。一等地のマンションなのにもったいない限りですが、長年書庫代わりにしていたのは、文京区にあった恩師サトウハチローの記念飴の仕事が忙しかったからでした。

 サトウ先生が亡くなった時、記念館に歩いて通える所と思って買ったのですが・・・。夫人も亡くなられ、記念舘が移転のために閉館したので、ようやく引っ越して来ました」

 愛媛県みかめ三瓶町出身。詩人ハチローとの出会いは、東京学芸大在学中にさかのぼります。 「大学の指導教官がサトウ先生と懇意だった関係で、詩と童謡の同人誌『木曜手帖』で詩を募集していることを知りました。もともと童話を書きたかったのですが、教官から『短い文、優しい心持ち。童話のエスプリは詩だ』と教えられ、参加しました。最初は童話を書くのに必要な所を頂こうという、少しよこしまな気持ちだったんです」

 ところが、同人誌の編集を手伝ううち「ミイラ取りがミイラ」になり、詩にのめり込むことに。恩師の死後は、発行人として月刊の同人誌を守り続け、昨年、記念の創刊五百号を迎えることができました。

 「先生の勧めで、流行歌の詩を書いたことも。大人の歌も子供の歌も書けるようになれと言われ、詩だけ十年ぐらいやっていたら、童話を書く機会にも恵まれました。一つのことをやり遂げると、ほかのこともできるようになるんですね」

 詩作の信条は「日ごろやっていることを、そのまま書けば詩になる」。題材は、いつも身近な所から見つけます。区内を歩さながら一節が思い浮かぶことも、しばしば。

 「この道を真っすぐ行ったらどこへ行くだろうと思って歩き続け、三河島駅まで行ったことも。諏方神社とか金杉踏切とか、引っ越した当初は、特によく歩きましたよ」。そんな詩を書きため、いつか荒川についての詩集も編みたいと考えています。

 しかし、荒川への愛着が増せば増すはど、厳しい意見も飛び出します。

 「住み始めた時は、歩道に放置自転車が山積み。自分が住む所だから、きれいにして住みたいという一念で、植物のプランターを置いたり、毎日そうじをして、少しは見られるようになりました」

 行政に対し、こんな提言もしたいと考えています。

 「イギリスでは、一般の家のお庭のコンクールがあって、優勝した家へ、ガイドが観光客を連れて行ってくれるんです。荒川でも、もっと町並みに花を咲かせたり、きれいにするコンクールをしてみては」

 恩師が残した同人誌を義理堅く守り続けたり、頼まれなくても、率先してマンション周辺の美化に精を出さずにいられないのは、「昭和十年生まれの、何でも背負ってしまう性格」だからとか。そう言えば、かつて恩師サトウが愛弟子を評して害いた詩に、こんな一節がありました。

 宮中雲子は なんでも吸い とろうとしているのだ

 旺盛な好奇心とバイタリティーは、まだまだ健在です。

読売新聞記者・多葉田 聡

   カメラ・岡田 元章