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No.105  土田 一男(つちだ かずお)

1000勝への気迫を包む笑顔
機械好きが開花「懐かしいね南千住」

子供の頃から機械いじりが大好き。そして負けるのが大嫌いときては、オートレーサーになるために生まれてきたようなものです。しかし、一七〇㌢、五九㌔のきゃしゃな体。スポーツ選手が時折見せる鈍い眼光もなく、話し方も「育った南千住はなつかしいですねえ」と、おだやかなものです。

こんな土田さんですが、実は通算890勝をあげ、全国で五、六人しかいない1000勝を目ざすトップクラスの選手。Gl春のスピード王決定戦では、八三年、九五年と二度制覇しています。その歴戦のつわものらしさを表面に出さないため、かえって凄さを感じさせます。群馬・伊勢崎オートレース場所属の四十九歳。

小、中学校は、住んでいた台東区でした。体操と理科の実験だけは大好きで、先頭に立って授業を仕切っていました。こんなことから、昭和鉄道高校へ進学しますが、「考えていたはど面白くない」と、あっさり中退してしまいました。細かな機械いじりが向いていたのでしょう。それにしても、決断を下すのが早く、すぐに自動車整備の世界に飛び込みました。そして、オートバイの魅力に引き込まれることになります。

おぼえていられる方もあると思いますが、昨年三月この欄に登場していただいた川口オート所属の篠崎実さんとは、この頃からの知り合いです。篠崎さんも「超」がつく一流選手。風土が人を育てるようです。現在は練馬区に住んでいますが、人との関わりが深い南千住に愛着を持っています。

二十三歳の時に大井でデビユーしました。結果は二位でした。なぜか、初勝利の事は全くおぼえていないそうです。振り返る事は好きではないようで、常に前進あるのみの人生です。「勝負では、必ず前にいる選手を抜いてやろうという気持ちで臨んでいます」と言いますから、勝たない訳がありません。

とはいっても、エンジンの好、不調が物いう世界です。

エンジンの点検は、常に人より早く丁寧に、がモットーとか。それでもなお「乗ってみないとわからない」ところがあって、それがしゃくの種でもあり、のめり込んでいる魅力にもなっています。

「本は、あまり好きじゃない。暇なときはみんなとワイワイやっている」といいますが、そんな時も話は結局、ツーリングの計画やらオートバイの事になっているそうです。このところ趣味は、水上を勢いよく突っ走るジェットスキー。これもオートレースのスピード感覚を磨くのにつながっています。レースに賭けた人生という事でしょう。

今まで大きなケガをせず、病気もした事がない丈夫な体、南千住に元気に一人暮らししている七十七歳の母親に感謝しています。家庭は奥さんががっちりと守ってくれますし、 恵まれた人生です。

ただ、残念なのは、父にあこがれて勝負の世界に入った長男が、今年三月引退したことです。しかし、そんな事を乗り越え、1000勝と、まだ手にしていない日本選手権に勝つことを目標に走り続けます。

オートレース界は、アイドル歌手だった元SMAPの森且行(二三)が転向、デビューするなど、ニューウェーブが押し寄せています。スタンドも若い女性の姿が、目立つようになりました。ベテランには厳しくなる日々ですが、六十五歳でなお現役で頑張る選手もいる世界です。きっと今後も大輪の花を咲かせる事でしょう。

読売新聞記者・柿沼 正行
カメラ・岡田 元章