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No.69  宝井琴梅・宝井琴桜(たからいきんばい・たからいきんおう)

下町好きの"社会派"夫妻
お米の消費拡大や平凡な女性テーマに

琴梅師匠は、生まれ育った墨田区向島から、この五月、奥さんの琴桜さんと共に隅田川を挟んだ荒川区に移り、現在は南千住のマンションで生活しています。「下町暮らしを続けてますでしょ。魚屋さん、八百屋さん。商店の雰囲気も町もすべて自分に合ってます。住まいの眼下には隅田川が流れ、時に汽笛が聞こえるのですね。いいですよ。好きですね」

琴桜さんも、この町を気に入っています。「先日、カートを引いて買い物に出掛けたのですが、驚くじゃありませんか。道ですれ違ったおばあちゃんが声を掛けるのですね。今日はスーパーお休みよ、って。人情を感じます」

お二人とも職業は同じですが、経歴は全く違います。まず琴梅師匠から。

「鋳物職人だった父、近所の銭湯で会うおじさん。いろんな人が『本所の七不思議』などの講談や浪曲を語るのを聞いて育ちました。そんな話や口調をいつの間にか覚えまして、墨田第一小学校のころの自習の時間に、まねをして仲間を喜ばせたものです」

本所工業高校を卒業、就職した時には「溶接技術を身に付けて、ブラジルかアルゼンチンに渡りたい」という夢を抱いていましたが、目を痛めて挫折。「気分転換に出掛けた寄席で、宝井馬琴師匠の話芸に接しましてね。これを職業にしようと決めました」

講談の「古典」は「寛永三馬術」「大岡政談」なと。これらを会得しながら新作にも取り組みます。その一つが「俺らあ日本のマンマが食いてえ」というシリーズです。

「お米の消費拡大がテーマです。日本人が一日に、もう一杯ずつご飯を食べると、いま休んでいる六十万㌶の田が復活することになります。お米が健康食品であることは周知のとおりで、本当に一杯ずつ多く食べる習慣が身に付けば、突然の不足も起こらないし、国土も有効活用出来るというわけです。そんな思いを込めてました。ええ、私も田を借りてお米を作っています」

琴桜さんは秋田県横手市の出身。「県立横手城南高校を卒業して上京し、電気関係部品工場に就職しました。ところが狛江の寮生活が狐独でね。昔から落語が好きでしたから、素人の演芸サークルに入って、老人施設の慰問などをしました。そこで出会ったのが、まだ無名の田辺一鶴師匠でした。そして勧められてこの道に入りました」

講談は男の世界。語る素材も「徳川家康」など「男の世界」。そこで「私にしか出来ない女の講談、平凡な女を主人公にした講談を新作として生み出そう」と決意します。そして作ったのが例えば「山下さんちの物語」で、「一人のOLを主人公に、生き方の中に、育児休業とか男女雇用機会均等法など、女性が直面する問題を織り込みます。それを楽しく話す手法です」

結婚を機に琴桜さんも宝井馬琴師匠の門下生になりますが、共に題材は社会派。琴梅師匠は神奈川県鎌倉などで辻講釈も行い、琴桜さんは、企業や自治体に招かれて語る機会が多いそうです。講談の魅力について、口をそろえて、次のように説明、抱負を語ってくれました。

「講談の講は歴史の意味で、談は文字通り話芸です。伝統芸として古典作品は大切ですが、それだけでは忘れ去られてしまいます。お客さまを笑わせるのは落語におまかせしていますが、身のある話を笑いをちりばめながらお聞かせするのが講談と心得ています。いま、地元の荒川の民話、伝説、人物、史跡、歴史などの講談も考えています」

読売新聞記者・寺村 敏
カメラ・水谷 昭士