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No.65  西田 昌功(にしだ しょうこう)

スケッチを基に心の風景
「秋の個展には10年の集大成を」

名刺の肩書には「日本南画院理事」「日本自由画壇理事」「荒川区美術連盟顧問」などとあります。どんな絵を描かれるのでしょう。

「墨と筆を使って描く水墨画です。あちらこちらに旅をしてスケッチをします。そのスケッチを基に様々な構図を考え、一枚の作品にしていくのです。ほとんど全国を旅行しました。中国にも出掛けました。スケッチは景色を写しとることと、そこで見た情感を記憶としてとどめるということでしょうか」

その絵画の制作を、荒川区東日暮里にあるアトリエで進めます。「昭和二十八年から荒川区で暮らし始めました。その住んでいた家をアトリエにし、今は椅玉県草加市の家で生活しています」

椅玉県深谷市の出身。「兄が神社仏閣関係の彫刻をやっておりましたので、私は彫刻から始まっています。仏像とか欄間の彫刻です。もともと絵は好きでして、最初は趣味で描き始めました。それが四十八歳の時です。いま七十六歳ですから、三十年近くなりますか。早いものです」

描くのは画筆紙という和紙。「墨がにじんで広がる趣が何とも言えずいい紙」なのだそうで、「水墨画というと墨絵を想像なさる方が多いのですが、私は必要に応じて色を使います。鮮やかな趣を出したい時、あるいは季節によって色彩が必要なこともあります。最近は金色を使って描きました」

題材は「山や川、木などですね。季節で言えば、私は冬の厳しさが好きなのですが、春が多いでしょうか。例えば春の風景を描きますね。私は見えないものを描こうとします。春の香り、風の色、気温に体感、それから……。心の風景とでもいいましょうか。見えないものを描き込みますでしょ。具体的には見えないのですが、絵を見た方は何かを感じる。難しいですが、これが絵のいいところだと信じています」とか。

小さな作品でも一辺が四十㌢ぐらい、大きな作品は左右が三㍍八〇、縦が一㍍九〇もあります。今どんなものを描いているのでしょう。

「十月十九日から二十三日まで、日暮里サニーホールで開催する個展に向けて頑張っているところです。ここには、中国の高山を描いた大きな作品『朝霧』や、オジロワシを描いた『睥睨』など五十点を出品するつもりです。言ってみれば、私のここ十年間の集大成です」

大作は、洋画の手法のように、一枚のスケッチを大きく拡大するのですか、と尋ねてみました。

「何か所かで何年かにわたって何枚も描いたスケッチを組み合わせて一枚の作品にします。十年間にわたって続けたスケッチの中から題材を探して、組み合わせて一枚の作品にしたものもあります」

荒川を題材にした作品は今回の個展に出しますか、と聞くと「スケッチはたくさんしましたが、今回はありません。そのうち描いてみたいと思っています」

その荒川区についてのお話を─。

「昔は都電によく乗りました。ここで生活を始めたころは、まだ戦後の名残がありましたね。みんなが必死に生きていた時代だったのでしょうか。今はとにかく便利になりました」

口調はどこまでも穏やかです。感動を熱いままキャンバスに拡散させる洋画家とは対極的に、日本的な趣を静かに丁寧に描き込もうという姿勢が感じられます。

読売新聞記者・寺村  敏
カメラ・水谷 昭士