歌舞伎の物語を漫画に
スカッと笑わせる解説文も
イラストガイド「歌舞伎入門」(KKロングセラーズ)という本があります。「傑作演目23のストーリー、見どころがひと目でわかる」という副題が付いています。この著者が南千住に生まれ育った今井薫(本名)さんで、題名どおり、歌舞伎の演目を、春夏秋冬の四章に分け、春は「助六」「白浪五人男」、夏は「東海道四谷怪談」、秋は「紅葉狩」「黒塚」、冬は「勧進帳」「坂名手本忠臣蔵」などについて、物語を十二コマの慢画にし、内容と見どころを文章で解説しています。
もともと漫画を描くことが大好きな少女でした。兄が一人、弟が二人。その兄が漫画好きで、「少年サンデー」「少年マガジン」などを読むのを自分も見ているうちに好きになったそうです。
「物心ついたときから、女の子やお姫さまのいたずら描きをしていました。第二瑞光小学校に入ったころは、生活の一部になっていました。ノート、本の余白なんかに描きましたね」
高校に入学したころには「漫画家になりたい」と思っていたそうですが、卒業して就職。「三越の紳士靴売り揚でした。このころ描いたものが、新人を発掘する単行本に採用されました」
題名は、おしゃまな女の子を主人公にした「アニキの初恋」。女の子の兄に恋人ができ、女の子は応援しようとするが壊してしまうという四コマ慢画でしたが、「これで漫画家への通が開けたつもりで軽はずみにも仕事をやめました。でも仕事がなくて、元の職場にパートとして戻るという妙なことになりました」
やがて集英社の「別冊マーガレット」に「フーちゃん」という四コマ漫画の連載を始め、「ここでようやく漫画を描いて生活出来るようになりました」
ほかにも作品はたくさんあります。「100ブンの1ものがたり」「ねこねここねこ」「二階のイソロー」「おはようレミちゃん」「とびだせ!マオ」など、知っている方も多いでしょう。
さて「歌舞伎入門」に至る過程は─。「母が歌舞伎が大好きで、物心ついたころからお供をしまして、私も好きになりました。そして歌舞伎のガイドブックのイラストなどを手掛けることが多くなり、ついに自分で本を作ろうということになりました」
本には、歌舞伎を多くの人に好きになってほしいという思いがあふれています。
「よくあるガイドブックは専門的すぎるのですね。歌舞伎は難しくありません。見ていると楽しいのです。『助六』とか「弁天小僧」など知られているものも面白いし、あまり知られていないものでも面白い。私は、善悪がはっきりしているもの、起承転結がしっかりしているもの、江戸前のものが好き」
例えば巻頭「春の章」の「助六」。物語は漫画を読むと思わず笑ってしまうほどおかしく、「ちょっと幕間」と名付けた解説には、「物語は、曽我兄弟の仇討ち話のひとつ。助六と揚巻(おいらんの名)が意休を相手に悪態をつきまくるのがひとつの見どころですが、これはセリフの意味を追うより早口言葉のようなテンポと歯切れよさを楽しんだほうがいいと思うの。意味はよくわからなくても、なんとなく胸がスカツとするよーな爽快感が感じられ……」と書かれています。
3年前から谷中住まい。時間が許す限り歌舞位座に通うという四十二歳。現在は、コミックVALに「あらら!ま-くんの歌舞伎案内」などを連載中。名刺の肩書は「漫画家」ではなく「よろず文絵師」。「文も書くから」と説明していました。
読売新聞記者・寺村 敏
カメラ・水谷 昭士