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No.195  山口 雄基(やまぐち ゆうき)

第39回 技能五輪国際大会 情報ネットワーク施工部門 金メダル獲得

技能五輪で金メダルを獲得! 「人生が変わりました」

金メダルをいただいて、人生が変わりました

そう語るのは、荒川区南千住に住む山口雄基さん(21歳)だ。2007年11月に静岡県沼津市で開かれた第39回技能五輪国際大会の情報ネットワーク施工部門でみごと金メダルに輝いた。

技能五輪国際大会は、1950年から始まり、参加各国の職業訓練の振興と青年技能者の国際交流、親善を図ることを目的としている。日本は1962年から参加。2年に一度の開催で、参加資格は大会年に22歳(一部の職種は25歳)以下であること。2007年は47種目の競技に、46カ国813名の若者たちが参加して腕を競った。この大会に日本の代表選手として出場するためには、前年の技能五輪全国大会で優秀な成績を収めることが条件となるが、山ロさんは、この全国大会において2005年の山ロ大会、2006年の香川大会と2年連続で金メダルを獲得している。

山口さんは渋谷区に本社がある(株)協和エクシオに勤めている。情報通信ネットワークのインフラ構築等を行なう電気通信建設会社だ。普段は、電柱に上ったり、マンホールの中に入って、通信用のケーブルをつなぐ仕事に励む。元来、手先が器用で、子どもの頃からプラモデルを作ったりするのは大好き。荒川工業高等学校電気科を卒業後、同社の子会社に入社、2007年2月から現職となる。技能五輪国際大会を目指すようになったのは、先輩の応援で2005年の同大会を間近に見てから。その時も同社が金メダルを獲得した。

「すごいと思いましたね。自分も出場して、先輩と同じ舞台に上って表彰されたいという気持ちが強くなりました」

以後、今回の大会を目指して技術の向上に励んだ。特に大会間際は連日朝早くから深夜まで練習したという。

段取りのよさが決め手


大会では、4日間全22時間にわたって、情報通信配線施工の技術を競う。国内外の数百名の観衆が見守る中、ケーブルなどをきれいに少しでも早く接続していくのだ。

「プレッシャーもあったし、緊張もしました。でも、大会の前に社長から言われた『緊張したらとにかく一度手を休めて、深呼吸をしてから、もう一度作業を始めなさい』というアドバイスを思い出しながら、その通りにして、何とか乗り切りました」

大会3日目の終了後、山口さんは勝利を確信しはじめたという。その日の競技がうまくできたからだ。光ファイバーケーブルを機械で融着して、一本でも多くつなげていく作業。いかに機械を遊ばせないで手際よく接続していくかが要となる。機械で融着するにはどうしても30数秒はかかってしまうため、一般的には1時間に60本を接続するのがやっと。山□さんは71本も接続した。

「早く丁寧にやるコツは、段取りをちゃんとすること。道具ひとつでも、決まった場所に配置しておくと、すぐに次の作業ができて時間も短縮できます」

金メダルを獲得してから、いろいろなことが変わった。取材を受けるようになったり、周囲が自分に向ける評価も変わったり。でも、何より変わったのは自分の考え方だという。

「以前は、ただ何となく目の前にある仕事をこなしていき、そのまま自分の人生は終ると思っていました。けれど、今は、金メダルの重みを背負っていますので、周囲の手本になるように作業をしなければならないし、『さすが、金メダルを取った会社だ』と言われるようにならなければならない。そんなことを意識して仕事をするようになりました」

後輩にも金メダルを!


今の目標は2年後に同大会で金メダルを取れるような後輩たちを育てること。日々、自分の仕事をこなしながら、研修センターに足を運び、5名の後輩たちを指導している。

「大会の練習は同じことの繰り返し。だから、わりとみんな飽きてしまうんです。どうやって、やる気にさせるかが難しいですね。でも、怒ることはありませんよ。僕の住んでいるあたりは、おじいちゃんやおばあちゃんが多くて、小さい頃から、結構、かわいがってもらったせいか、僕の性格はわりと“おしとやか”。こういう性格に育ったからこそ、じっくり手を動かす作業に向いているのかもしれませんね」

金メダルを獲得し、日本はもとより世界にその技術の高さをアピールした山口さん。若き匠の自信に満ちた笑顔はとても爽やかでした。