「写真で描くアート追求」
荒川に“文化の香り”もう少し
あえて、踊りの激しさとシャッタースピードを合わせようとはしません。衣装のぶれは躍動感を表現してくれます。
その写真の数々に、言いようのない緊張感が漂っているのは、ダンサーの目の表情がしっかりと撮られているからでしょう。
怒りや悲しみ。優しさや鎮魂――。
この写真集は、太平洋戦争末期、インドネシアに送られた、日本兵士の悲惨な戦争体験をもとに、平和・友好・人間愛のメッセージを込めて、フラメンコダンサーの山口のりこさんが創作した「カリマンタン幻想」という舞踏劇を撮影したものです。
山口さんの思いがフラメンコで表現され、その熱情が写真にも伝わってきます。
「私は舞台の練習風景を一切、見ないことにしているんです。最初に見て、感動したものをその場で切り取りたいから。練習を見てしまうと、ああ次はこうなるんだ、と感情が薄れてしまう。それに、ダンサーの表情だって、本番とでは雲泥の差がありますからね」
一瞬、一瞬の動きを捕えるのは、多分、人が思うよりはるかに難しいでしょう。
考えてもみて下さい。「今だ!」と思った時にシャッターを押しても、その一瞬は過去に消え去ってしまって、捕えたのは「未来」の風景なのです。
「だから、こうなるだろう、という感性に基づいて予測し、シャッターを押すのです。同じものを見ていても、私と同じ写真は絶対に撮れませんよ」(笑)
中学校時代からカメラに凝り出しました。20歳頃から写真家の橋本祟氏に師事。写真に対する考え方、哲学に強く影響を受けたといいます。
「後で加工しなければならない写真はだめだ」
「トリミングはする必要がない」
その教えを今でも忠実に守っています。
風景写真も撮影しますが、単なる保存、記録のための題材は選びません。
「ちょうど画家がカンバスに絵の具を置いていくように、私は写真で絵を描いていきたいのです。写真によるアートを追求しているつもりです」
実弟は、プロのフラメンコギタリスト、則忠氏(58)。姉も琴の師匠。芸術一家です。
西日暮里の自宅は30畳のフラメンコとクラシックバレエのスタジオになっています。
「荒川ではもちろん、日本でもこれほど広いスタジオはそうありませんよ」
荒川区には戦前から住み続けています。自宅周辺は家や人の顔はずいぶんと変わったけれど、街の中を通る道は不思議に変わらない、といいます。
「荒川の中に、もう少し文化の香りを漂わせたいですね。そのためにも、荒川で、世界に羽ばたくダンサーを育てる場所を提供しているんです」
表現することにとりつかれている、という吉敷カメラマン。
至福の時間は、
「自分の中で納得できる写真が撮れた時、その写真を肴に、ウオツカのソーダ割りをチビリチビリやることですね」。
読売新聞記者・臼井 理浩