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No.57  城戸口 寛(きどぐち かん)

お笑い番組に飽き小説へ
ロマンを追う明るい南千住育ち

「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」。そして「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」。人気テレビ番組の構成を手掛けた放送作家という大変な略歴。あの笑いの源に存在していた売れっ子です。

「南千住六丁目で育ちました。瑞光小学校から南千住中学へ進み、高校は東海大高輪台。東毎大文学部の広報学科に入って、卒論で『マスメディアの表現の自由』というテーマに取り組みました」

その学生特代に京王プラザホテルでアルバイトをしていたことが人生を変えることになります。

「仕事の帰りに新宿の町で突然、放送作家から声を掛けられましてね。まず電話番を、それから少しずつ仕事を覚えました。『小川宏ショー』『笑点』『スター爆笑Q&A』から『ねるとん』『元気テレビ』などに参加するようになりました」

どちらかと言えばお笑い系の番組。アイデアはどう練るのか、特別な思考回路をお持ちなのでしょうね。

「今の時代はうそっぽいものは駄目。本当っぽく、現実っぽく見えながら実は虚構というのが番組の基本です。ここに懐かしさと珍しさを加えると面白くなります」

例えば「ねるとん」は、いつの時代にも多くの人が興味を持つ男女交際がテーマ。公開お見合いを披露する構成が受け入れられたということになるのでしょう。

ですが、そんな人気構成作家という立場を、昨年四月に捨てました。

「自分で飽きちゃったんですね。繰り返しでしょ。生き方に納得出来なくなって」という理由から小説家に転向することになります。一年がかりで書き上げた「おタクの恋」は今年四月にスコラ社から出版されました。「個人のプライバシーをすべて失っていたい」という強い指向で生きる男子高校生を描いています。

「僕自身がテレビおタクでした。子供のころは、時間を親と学校とテレビで三分割した生活でした。テレビをどう面白く見るかを一生懸命に考えることが楽しみでした。趣味とかマニアとか呼ばれますが、これが、つまりおタクなのですね。そんな自分を主人公にして現実を考えてみるというのが作品のテーマです」

そして「おタクというと、とかく暗く陰湿な印象がありまして、ネクラ+趣味人と考えている人が多いようですが、それは違います。本当は教養人です。様々な知識を持って社会に適応して生きていこうと考えているのです。歴史、軍事、少女アニメ、権力闘争など、いろんなおタクがありますが、専門家と考えていただければ分かりやすいでしょう」と続けます。

理解出来そうで今ひとつむずかしい理論。それは別にして、放送作家をやめて今はどんな生活を?

「はい、十年前に購入した南千住の3LDKのマンションで、残りのローンを払いながら、ミュージシャンとして売れることをひたすら夢見続ける三歳下の弟と二人で、三ノ輪の都電停留所と浄閑寺を眼下に見ながら暮らしています。妻は番組の仕事で何日も帰らなかったころ、去って行きました・・・・・・」

娯楽性に徹した映像の世界から、今は減りつつある活字の世界で生きようとしている三十四歳。あくまでも明るい話しぶりの中に、何かを主張したい願望が強く感じられます。新たにロマンを探す人生を着実に歩き始めたということでしょうか。

読売新聞記者・寺村 敏
カメラ・水谷 昭士