村おこし、企業診断の名医
「区のよい環境を生かしたい」
「茨城県の古河市です」
―どうして荒川区へ?
「う-ん、つまり引きつけられたんですよ」
―引きつけられた?
「(ちょっと照れながら)東京学芸大の学生だったころ、同級生の女の子と知り合いましてね。その子の実家がここ(日暮里)なんですよ」
―ホウ、じゃ熱烈恋愛の結果、ですか?
「回りのみなさんは、そうおっしゃいますが…実をいえば、女房の家に居候ってわけです」
こんなロマンチックな話からインタビューが始まったのですが、専門の仕事のことになると、そんな気分はたちまち吹っ飛んでしまいます。
学生時代から織物産業に興味を持ち、大学の卒論に「結城紬(ゆうきつむぎ)」を選び、さらにその後も研究を続けて「地場産業の展望」にまとめ、立正大学の文学博士号をとり、昭和六十三年度の中小企業研究奨励賞に輝きました。
学芸大の大学院を卒業後、都立荒川商業高校に八年。ついで深川高校に一年勤務したあと、母校の学芸大に招かれ、現在は助教授になっています。
教え子たちが、地方の織物産業に関心を持ち始めたので、「ぼくの研究材料を彼らに渡し、自分は東京で」と思っていた時、墨田区から、地元の産業を調査してくれないか、という依頼が舞いこみます。
竹内淳彦日本工業大学教授を中心に、上野さんは繊維、雑貨工業の構造分析を担当、「墨田区の産業白書」として発表しました。
また、二十一世紀の都市型工業のあり方を検討する若手グループの中心的メンバーでもあるし、全国商工連合会にも関係して、いわゆる村おこし事業のアドバイザーを兼ねてもいます。
それだけでは、まだ物足りないのか、学芸大にアジアの経済・社会・文化を総合研究する新コースを設け、自らは中国の工業調査に乗り出し、毎年中国を歴訪している多忙さです。
―墨田区では、何がわかりました?
「墨田区は台東区の下請けという性格をもってるんですが、そこからどう脱却するか、が問題ですね。大企業の指示に黙って従う、のではなく、自分たちの意見を提示できるカをつける。多種、少量、短サイクルの都市型工業を組み込むことでしょう。こんど区役所の跡地にファッションセンターができますが、商品だけでなく、ファッションスクールも入れようと、若い人たちが張り切ってます」
―荒川区はどうです?
「ダメですねえ(と言下にいって)ヘソがないというか、中堅産業がない。技術も低いし、宣伝もダサい」
―まるでダメですか?
「いやァ可能性の芽はあります。
人情味は豊かだし、伝統工芸の職人も多い。住工混在の恵まれた環境にあるけど、さて、どう生かすか。まず、基礎調査をしっかりやらなければ…」
カラオケと家族旅行で憂さを晴らすという四十五歳の中小企業の名医に、荒川区を"生かすメス"をふるってもらいたいものです。
文・篠原大