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No.15  おおの 藻梨以(おおの もりい)

町屋の風物が画の舞台に
父の反対押し、マンガヘ"家出"

作家のペンネームには、さまざまな思いがこめられているものですが、この人、服部千代子さんのペンネームにもちゃめっ気というか、ほほえましい由来があります。

名前の藻梨以は、マンガ家としてデビューする前の同人誌時代に、ギャグマンガを描いていた時の主人公モリィをもじってつけたそうです。

名字のおおのは、荒川区の尾竹橋中学校に通っていたころ、千代子さんが見初めた初恋の人が、大野君だった、というわけです。

「水泳好きが集まって、練習していた時、二年先輩の大野君がとてもステキに見え、ボーとなっちゃって…え?デートですか?とんでもない。ひたすら遠くから見ているだけ…」

両親が立川へ引っ越したので、尾竹橋中学校は二年の一学期で転校、初恋も実らずじまいだったのですが、ペンネームをおおのとしているあたり、淡い思い出を忘れかねているのでしょう。

紙と鉛筆さえ持たせれば、いつまでもおとなしいといわれたほど絵を描くのが好きで、国立市の第五商業高校へ進んだころ、ストーリーマンガを描いたり、同人誌に入ったり、雑誌の応募に投稿したりと、次第にマンガにのめりこんでいきます。

高校を出て、デザイン学校へ入ったものの、半年でやめ、父親の猛反対を押しきってマンガ一筋に生きようと決心します。

幸い母親が理解してくれ「父が会社へいっている間に、荷物をまとめてサアッと家出しちゃいました」

こんな勇敢な少女も、むろん、すぐにはマンガで食べてゆけません。喫茶店や飲み屋でバイトをしたり、ベテランのマンガ家、山岸涼子さんのアシスタントをしながら、修業を続けます。

そして少女マンガ誌「プリンセス」に「われら悪童」を発表して、いよいよ本格的にデビューし、ことしで十三年になるそうです。

寄稿している雑誌も、「プリンセス」「ひとみ」を経て、今は講談社の「ミミ」に、モコちゃんという女の子を主役にした「くにたち物語」を連載中です。

単行本がすでに六巻出ていますが、面白いことに、くにたちは、ほとんど出なくて、もっぱら荒川区の町屋が舞台になっています。

「中学校二年まで生まれ育った町屋の風物が鮮明に残っていて、どうしても描いておきたかったんです」

バクダンアラレ、キビダンゴ、もんじゃ焼き、アメ細工…昔なじんだ駄菓子を次から次へとあげ、廃屋になった糊(のり)工場へ忍びこんで、捨てられたビニールチューブの山に梁(はり)から飛びおりて遊んだ話などを聞かせてくれます。

「トタンで区切られたヘビ道という細いうねった路があって、走り抜けると荒川の土手、そこに大きな釜が捨てられていて、五右衛門をゆでた釜に違いないなんて言い合ったりして…」

毎年六月の町屋の祭りには必ず行くそうです。それにしても、昭和三十三年生まれなのにまだ独身です。

「昼過ぎに起きて、寝るのは翌朝の七時。ひどい夜型人間ですが、だれかもらってくれないかしら<ハート>」-笑いながらそう言いました。

文・篠原大