トップ   >  荒川の人  >  No.7

No.7  中田 薫(なかた かおる)

「下町の活力、中継したい」
祭り大好き、日曜大工も得意

「荒川に引っ越してきて三年ですが、最初はドギマギしましたね。散歩でもせまい路地を歩くと、いきなり窓ごしに肌着のおばあちゃんと出くわしたり、自転車に追い立てられたり…。しかし、どの家も玄関先に打ち水して、路地沿いを花で飾ったり、昔の下町が残っているのはうれしいですね」

NHKの中田薫アナといえば、ニュース番組や科学番組「クローズアップ」のキャスターでおなじみですが、昨年から、広島放送局チーフ・アナウンサーとして単身赴任。たまたま打ち合わせで上京したひととき、南千住六丁目・南千住野球場すぐ隣のマンションでのインタビューは、まず下町礼讃からです。

実は、田園都市線・宮崎台のNHK寮から下町へ移ったのも、「都電荒川線でどこへも行けますし、都心にも近くて便利です」と、おっしゃる奥さん主導のようですが、お二人とも今や根っからの下町派。

「お祭りのミコシが大好きでしてね。昨年、素盞雄神社の天王祭でかつぎたかったんですが、転勤でオジャン。残念だったなあ」と、中田さん。すかさず、傍らから「天王祭じゃ女ミコシもあるけど若いコばっかし。オバサンミコシはないかしら…」「おいおい。おれのインタビューだぞ」てなぐあいです。

鍛えあげた浅黒い顔。白地に赤の縦ジマのシャツのくつろいだ姿は、スポーツ好きの下町の壮年といった雰囲気。

「ジョギングも好きです。ウチから町屋駅、宮地交差点、区役所を通って帰ると五キロ。時には桜橋辺まで十キロ走るんです」

中田さんは昭和四十年NHKに入局、室蘭放送局を経て四十五年東京アナウンス室。五十二年金沢放送局、五十六年再び東京。そして広島放送局。いま四十六歳の働き盛りです。とくに地域から発信、全国の話題となる情報を大切にし、育てたいと願っています。

金沢大学出身、合唱団に所属。そこで金沢転勤の時は、「伝統文化の再発見」をテーマに、文化庁調査と前後して「石川のわらべ唄」千三百六十曲を収集、貴重な文献になっています。

また、昨年、広島放送局エリアの島根放送局が、歌舞使の始祖の出雲阿国の生地ということで、東京から歌舞伎役者を招き「阿国へ帰る」といったテーマで出雲大社参道で行った公演を放送しましたが、こうした地域ジャーナリズムの可能性の発見が、今後のテーマとか。

「荒川でも同じです。都内唯一の都電を借り切ってテーマを選び、リアルタイムで全国へ発信する。元気のいい、タンカを切るような下町言葉でね。川の手文化といっても実体作りが先決です。たとえば震災直後、コンペで若手の建築家やデザイナーを競わせ、今日のような多種多様な隅田川の橋をかけた、あのエネルギーが欲しいですね」

だから荒川の街で「第九合唱団員募集」のポスターを見てうれしかったし、伝統の職人芸の見直し、再興も…と熱っぼく説きます。そういう中田さんは「日曜大工はプロ級」と奥さんの折り紙つき。サイドボードからイス、脚立、棚、ドアまで手作り。家具屋は不要です。拝見した彫刻入りブライヤーの手づくりパイプも見事でした(禁煙してますが)。

ところで、中田さんにとって荒川は、ついのすみか?

「趣味の材料集めとか、何かの理由で他へ移っても東京の本拠は荒川です」とキッパリ。荒川っ子には頼りになる、よき隣人です。

文・真下孝雄